朝、小さい人を起こしに行くと、珍しくむにゃむにゃしている。
年間を通じて気が確かなのが小さい人の特徴で、疲れて電池が切れた姿は、6年間見たことがない。重力にめいっぱい頼り切った体を担ぐ親。私もそうなるのだろうと、心の準備万端で待ち合わせ場所に立っていたけれど、来る気配すらなかった。ショッピングモールで見かけるその図は、大変そうだなあとややビビりながらも、ちょっぴりうらやましい。「信頼」が手放しにだらんと乗っていて、きっと、自分の価値が自分でまぶしいのだろうなと、思う。
「てぃのちゃーん」とつんつんしても、なおむにゃっている。はっとして、「たまごっちのお母さん?」と呼んでみる。すると、「あ!たまごっち!」と、バタバタ起き出した。
小さい人は、昨日からたまごっちを育てている。最近では、ぬいぐるみーずのお母さん役もしているくらい、育てることに熱心だ。うまくいったぞ。「お世話したい!」と言うので、10時まで眠るたまごっちを強制起床させた。
我が家には生き物が多い。小さい毛の家族 (うさぎ) に、手のひらの毛の家族 (ハムスター) 。たまごっちも加入して、7人家族。今日、私のたまごっちも届く。今や、育てられる側が育てる側の数を超えたぞ。
いつもよりたくましく出発したてぃのママに頼まれて、代わりにお世話。お腹のハートが1こ減っていたから、ペレットフードをあげる。はたあげでも遊んで、ごきげんも満タン。
進化させたいたまごっちによっては、すすんで育児放棄をしなければならないようで、世話好きには難関だ。世話をしないという世話を、ちゃんと習得できるだろうか。
9/11 (金) 世話をしないという世話を、ちゃんと習得できるだろうか。

