朝、洗濯物を干しながら、小さい人の顔をわっしわっしなで回す。
我が家の小さい人は、もっともっと小さい頃から、この愛でられ方が好きだ。頭なでなでよりも、顔わちゃわちゃ。凹凸優しめの顔を、窓拭きのように全面なでる。小さい人は、眉も目尻も下げ、食欲を満たしている時と同じ顔をする。それが嬉しくて、かわいくて、たびたびやってしまう。少し独特だからか、小さい人を社会に届けた時にやると、先生に笑われる。最初は、わんこのかわいがり方みたいであれかなと思ったのだが、我々らしさに全振りすることにした。
「てぃのちゃんがお化粧するようになったらさ、これできんね」と言うと、「じゃあしないよ」と、にんまり。お化粧の方を、しないと言う。その返事にじーんとしている時点で、手放したくないのは私も同じだった。
習い事のスイミングの後、近所のお祭りへ行く。相方の大きい人は、一昨日から落ち込み気味だった私に、「弾けようぜ〜」と、振り切るススメ。よし、やっちゃおう。
焼きそば、トルネードポテトがオープニングを飾り、「冷めてもかたくならない」ののぼりに吸い寄せられ、ベビーカステラもお供に。外サク、中ふわのピカチュウとアンパンマンが、腹に交互に収まっていく。
小さい人の要望で、から揚げも。醤油の味付けが、無限をも超えてくる。1こが大サービスの大きさで、やや熟し切っていないものもあったから、満たすよりも安全を取った。だけど、肉欲はなお勇ましくて、牛タン串、豚カルビ串と、肉攻めが続く。
大きい人々は、レモンサワーでブーストもして、フライドポテトへ。「これさ、塩じゃないよね?味塩コショウだよね!?」
家庭のキッチンで、ただ味を付けるために使われるタイプの粉なのに、まさか魔法の粉に思えてくる。うまい。
第2戦もおいしく食べようと、近所の芝生パークへ。レモネードと、レモネードサワーを買って、小さい人は、大好きな滑り台に夢中。
見守りながら、大きい人と将来の話になって、私は「犬が飼いたいのだ」と宣言する。前々から夢として掲げてはいたものの、いよいよ、その気持ちが迫ってきた。飼うなら柴犬にしようと、名前も決めているくらい現実的な未来なのだが、今のマンションは飼えないから話が進まなかった。でも、とうとうそのために、一致団結して動く時が来たのかもしれない。
今年の我が家の気流は、ちょっと、異常だ。ひのえうまに乗っかって行くぞと決めたから、大きい人は、迷っていた半年間のスクールに入ってAIの勉強を始めた。すると、見計らったかのように仕事の幅がぐんと広がり、私にも新しい仕事が舞い込んできた。それもあって、大きい人はちょっと背伸びしてビッグモニターも迎え入れ、かと思ったら洗濯機の寿命が来て、じゃんじゃんお札が飛んだ。そもそも、全体的に、「今年は変えるぞ。改善するぞ」の姿勢だから、こまごまといろんな物を新調して良くしていて、ベースの飛び方がすごい。のに、次々容赦ない。切り取って見てみると、痛い。痛いのだけど、これはきっと、理想の生活にぐんと近付くための、必要な目まぐるしさなんだと思う。であれば、大きい人には学びに仕事にしっかり打ち込んでもらって、近い将来、手に入れられるようにしよう。そんな話で、7月に予定しているディズニーシーが終わったら、我が家はフォーメーションを変える。夢だったはずの話を、現実のテーブルに乗せる。
大きい人は、「柴犬なら白がいいな」と言うので調べてみると、これがもう、本当にかわいい。白の豆柴は希少らしくて、存在の値がちょっと強くはあるが、手放しで「うちにおいで」と言わせる力がある。あのまるっこいふわふわを見てしまうと、財布の理性も「参りました」と頭を下げる。犬と将来を吟味しながら、チキンカツカレーで家族がまとまる。
チーズハットグとりんごあめが、祭りのエンディングを担当し、コンビニの牛丼と明太フランスが、我が家の未来計画を締めた。どうやら大事な話ほど、胃袋の近くで決まるらしい。
6/6 (土) 夢だったはずの話を、現実のテーブルに乗せる。

