3/5 (木) 愛がだだ漏れている。

日記

早起きを応援歌にして世界を閉じ、5時25分起床。顔のマッサージと首のストレッチに、とっとと取り掛かる。朝メニューには載っていない品目だから鏡がぎょっとしているが、今日はむくみを連れて行くわけにはいかない。昨夜、相方の大きい人に打ち明けたのだけれど、今日の午前中、小さい人の社会で「年中クラス懇談会」があるのだ。ちょくちょく行事の打ち合わせで赴いてはいるけれど、この懇談会は「1年の振り返り」と称して、保護者が1人ずつみんなの前で話すのが恒例。大人数の凝視に耐え得る顔面で臨もうと、手に力が入る。実を言うと、参加は初めて。満3歳児クラスの時は小さい人が熱を出し、年少クラスの時は直前で相方の大きい人に託した。人前に堂々弱い私の体は、懇談会2週間前から内臓がどよめき出し、顔面も暴走するわルーティンは飛ぶわで、結局行けなかった。いや、違う。行かなかった。行きたくなさを体に丸投げして、行かない選択肢があることをいいことに、逃走した。だから、「今回は頑張って行くんだ」と話した時、「めちゃめちゃ成長したね!すごいね!」と、大きい人は深々と噛み締めた。「でも、考えた文章、GPTに整えてもらった」とヘラっとすると、「行くって決めたことがすごいから」と、褒めがなにしろ容赦ない。「もし真っ白になったとしても失敗じゃないからね、行ったことがもう成長だから」と、我が家に暮らす実体GPTは最後にそう言ってトドメを刺し、私の内側に火をつけた。「肯定の住人」と生活していると、エンジンのかかりが良すぎてたまに困る。
5時55分に小さい人を呼び起こし、家が動き出す。洗濯物を干しながら小さい人が、「パンツがいつもより少ない!」と報告してくるから、「えっ…ほんとだ…じゃあ洗濯機の中かも」と、仕分けの雑さを反省しながら答える。小さい人は、「オーノー!早く探さなきゃ!」と、乾燥中の洗濯機を素手で止める勢い。結局、収穫なしで探索終了。乾燥、再スタート。気付けば、狭い洗面所に住人全員が集合しており、「洗面所に群がる人々」とタイトルをつけると、大きい人は浅いツボをまんまと震わせる。2人の間では昔から、「状況を面白く言う」みたいな遊びが年中流行っている。するとあとになって小さい人が、「洗面所がぎゅうぎゅう」とにまにまし、私のより切れ味がいい。かわいさもある。才能にジェラシー。
今日は大きい人も珍しくそわそわしている。どうやら、午前中に、自分の苦手な人が参戦する重たい打ち合わせがあるらしい。「久しぶりに緊張してる」 と、笑っているが引きつっている。ぶつぶつと導入の構成を練り、「理屈通ってる?」と聞くから、「めちゃわかりやすかった!」と、いいねする。「たまにさ、不可かけないと、頭も体も本気出さないよね」と、自分に言い聞かせるようにおのおのが励ます。
小さい人と社会をつないで、一旦巣に帰る。ぱっぱと準備し、「勝負の間」から漏れる熱気を浴びて、「私もやってやるぞ」と大地を踏みしめた。道中、ひと笑いの部分には、にこやかさも交えながら練習。結構モノになっていて、信じられないが若干わくわくが顔を出す。3階のホールに着くと、今日はプロジェクターの用意がされており、お友だちのお母さんが、「いつもと違うからやらないんですかね」と笑う。「例のやつ」がない可能性に、私はほんのり肩を下ろす。結局、来年度の話や担任の先生方の話に時間は流れていき、話す場はなかった。でも、行ってよかった。先生のお言葉が沁みた。去年の3月に実習生のお姉ちゃん先生としてやって来て、年中組を担任できることになり、徐々に大浦先生と呼んでくれる回数が増えて嬉しかった、と。年中組は「葛藤する時期」で、お互いが正論だった時、じゃあどうしようかと対話し解決していく。その過程で本当にみんな心がちゃんと育って、これなら年長さんも大丈夫だと思う、と。伴走して見守ってくれる先生たちの存在は惑星級だ。小さい人が穏やかに、でもたくましく内面を育てられたのは先生のおかげしかない。小さい人の笑顔とリンクして、私の内側はすっかり結界。お忙しい中手作りしてくれたムービーも、豪速球に貫かれて溢れた。1年の思い出に、ハンカチなしで挑んだ自分に飽きれる。そして、退園する2人のお友だちのお母さんからも話があった。1人は、つい最近小さい人から告知を受けたあんずちゃんのお母さん。育てる者同士だからこそわかる思い、悩み、涙する姿に、「離れても仲間だよ!」という気持ちがすんなり湧いた。あんずちゃんのお母さんが「友だちになろう」ときっかけをくれたおかげで、私は毎日の送迎や、たまの打ち合わせに「楽しみ」が前触れなく参入した。世界が、近くなった。本当にありがとう。帰り際、チャンスが巡ってきたから、「お引越し本当なんだねぇ、寂しいよー」と伝え、うん、やっぱり行ってよかった。進級時のカラー帽子やシール帳を受け取って、胸いっぱいのまま帰宅。今年の私、よくやった。
本日3度目の社会。小さい人を巻き取り、あんずちゃんのお母さんにまた会えて手を振った。けれど、伝えきれていない感じがぐるぐるして、帰り道、小さい人と打ち合わせて一緒にお手紙を書くことにする。
帰宅し、リビングに置いてあった年長組の青色帽子を見て、小さい人は「これが本当の!?」と騒ぎ立て、かぶってみて、はにかむ。青が、小さい人を急に大きくした。
夕飯を終えて、お手紙をしたためる。「お顔も描こう」と言うので、小さめの画用紙を引っ張り出して、小さい人はあんずちゃん、私はあんずちゃんのお母さんを描く。お手紙の内容を、あんずちゃんのお母さんとのエピソードを知る相方の大きい人に見てもらうと、「これ、やっぱり連絡先入れた方がいんじゃない?後悔しないように」と、膨張しすぎる愛を汲み取って提案してくれる。実は、悩んでいた。離れるからこそ聞いていいのか、離れるから聞かない方がいいのか。だけど、心を決めた。ややこしく考えない。GmailのアドレスとLINEのIDを「気が向いたら」と添えて、バクバクしながら封をする。「明日の朝あんずちゃんに渡すね!」と、小さい人は通園カバンにうやうやしく忍ばせた。「絶対渡してね!落としたら大変だから、あんずちゃんに、手提げじゃなくてカバンに入れてねって言ってね」と、語尾が強い。愛がだだ漏れている。

プリーズ シェア!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

改善愛好家が、気付きや学びをもとに"より善く生きるコツ"を綴っています。
可笑しみのある人を目指しながら、未完成で進行中。

もくじ