3/20 (金) なかなか愛せる1時間。

日記

5時45分、起床。今日から春休みだけれど、午前中は小さい人の社会で卒園式がある。年中組の希望者は子のみ参列できるとのことで、小さい人は勇んで行く。普段より1時間、春の余白があるから、若干スローペースで朝を進める。軽やかさに背中を押される朝。
小さい人、今日は目やにがすごいらしく、「顔洗いしていい?」と聞いてくる。なんか小豆洗いみたいな響きだな。「ふわあ〜さっぱりした〜。触ってごらん?つるつるだよ?」と、顔洗いはほっぺを差し出してくる。ほんとにつるんつるんだ。
顔面を整えると、押し入れのおもちゃ箱から魚釣りを引っ張り出す。電池でぐるぐる動く、昔ながらのあれだ。そういえばあったなレベルにご無沙汰だったから、私もうきうき懐かしがる。どうやら小さい人も、春の休暇という特別感に心踊らせているらしい。
トイレ掃除に精を出していると、「ありがと。トイレの神様見てるもんね」と、受け売りを血肉にしており感心。それどころか、「今はてぃのちゃんが神様になってあげる」と神になり出したものだから、もはや心の底から有り難がる。
さて、朝活が楽勝で嘘みたい。昨日までとは息の上がり方が違う。月の巡り前、1週間程度は重力が寄ってきて、箸を持ち上げることすらしんどいのだけれど、昨日の夕方ようやく巡ってきたおかげだ。昔は、漠然と「つらいな〜」とぼやぼやしており気の外側で生きていた私も、今はそれなりに「命を宿す準備期間」という意識でもって生きている。体を休ませようと消耗力が盛んになり、エネルギーを溜めようと腹が騒ぎ立てる。その宇宙の呼吸が圧巻で、いつまで経っても不思議だ。あんなに箸すら重かったのに、今日は世界が軽い。人体、やっぱりただ者じゃない。
小さい人を祝いの社会へ送り、帰宅。1時間後にはもうお迎えだから、仕事はせず、いまいま気になっていることに手をつける。
洗剤と柔軟剤がほぼ空になっているから、ストックを引っ張り出し、全員HP満タン。行事ごとに注文して、引き出しに入れたままの写真をアルバムへお引っ越し。幼稚園3年分は実体アルバムに残そうと頑張っている。仕事は置きっぱなしなのに、暮らしはしっかり前進しているあたり、なかなか愛せる1時間。
社会へ、祝いのオーラも引き連れてお迎え。卒園生に歌を贈ったとのこと。お土産を受け取って、帰宅。
お昼をすばやく越え、ちいかわグッズを漁りにブックオフへ。ここ数ヶ月、私はちいかわに首まで浸かっている。結集したカードやブックマークの顔ぶれに愉快になっては、「我が家のちいかわ」にも「見て見て!」と、嬉々として話している。気付けば、ちいかわに取り囲まれる人生。めぼしいものは見つからなかったけれど、幸せ。
帰り道、公園で遊んで、働き者の青い彼に寄る。ミルクたっぷりはちみつラテでフル充電。ちいかわより、今は砂糖だった。沁みる。
夕方、大きい人が帰宅。久しぶりの出張と不調が交差して心配だったけれど、元気に帰還。「月の巡りで足がぶくぶくなのだ」と伝えたら、夜間整体院を開いてくれ、足をダイエットしてから寝た。

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この記事を書いた人

改善愛好家が、気付きや学びをもとに"より善く生きるコツ"を綴っています。
可笑しみのある人を目指しながら、未完成で進行中。

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