6/21 (日) 今日は、愛をまるごといただく日だった。

日記

新潟にいる母から、冷蔵の宅配便が届いた。
先日、「私の子どもの頃の写真を送ってくれ〜」と頼んだら、「一緒に果物とかも送ったよ」との返信があった。「写真はほとんど処分していていくらもない」とあったのに、箱は仰々しくでかい。重みにも貫禄がある。一体何が送られて来たのだろう。「新潟のおばあちゃんからフルーツ届いた!」と、目をみなぎらせる小さい人と一緒に開封。
伝票に、「スイカ・メロン」と書かれているのに気付き、「それでこの重さね」と1人納得。我先にと飛び出して来たのはやっぱりスイカとメロンで、他にも、とうもろこしやさくらんぼ、桃、枝豆が仲よく手を振っている。ここまでの旬が山々を越えてやって来るとは思っていなかったから、「うわあ〜!」だの「ほぇ〜!」だのひとしきり盛り上がって、桃は即座に大きい人に進呈。ちょっと信じられないのだけれど、大きい人は、桃をりんごのようにまるかじりする。あのもけもけの皮も愛おしむように、全ていただく。私も小さい人も桃は好きだが、そこまでのいただき方はまずできない。桃の方だって、まるごと愛してくれる人に食べられたいはずだ。「もう食べていい?」と言うので勧めて、目の前で相思相愛を拝んだ。
ひと通り冷蔵庫へとお連れして、本題の写真を小さい人と観る。茶封筒の中に、20枚ほどの写真。随分色褪せた、生まれたての私が飛び込んでくる。「え!?この赤ちゃん、まいたけちゃん!?」と、小さい人はのけぞってうはうはする。目の前にいる大人と、写真の赤ん坊の結びつかなさは、人を明るく狂わせるらしい。「この赤ちゃんがまいたけちゃんになるなんて思わない」と、曇りなくまさにその通りの名言を残し、驚きとときめきをいっぺんに顔で語る。1歳2歳の私を見て、「なんか男の子みたいに見える。髪短いからかな?」「滑り台登ってない?赤ちゃんなのに、登るの危なくない?楽しかったんだねぇ」と、1枚1枚、丁寧に愛でていく。そっと写真を重ねていく手つきが、私自身をまるごと優しく扱ってくれているようで、心の温度がひゅいっと上がった。年少さんの写真。目に入るなり、「かっ、かわいいぃぃ…」と、まるで手のひらにいるひよこでもなでるように、うっとりする。
母は新潟の夏を箱に詰め、小さい人は昔の私を宝物みたいに眺めていた。今日は、愛をまるごといただく日だった。

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この記事を書いた人

改善愛好家が、気付きや学びをもとに"より善く生きるコツ"を綴っています。
可笑しみのある人を目指しながら、未完成で進行中。

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