今日は、小さい人の迎えを相方の大きい人が担当してくれるということで、寝起きから小さい人はわくわくしている。社会に到着した際、迎えの時間と、迎えの人物をチェック簿に記入するのだけれど、「今日はちゃんとむっくって書いてね!」とさすが風紀の民、抜かりない。最近は朝も帰りも一緒のそよちゃん (仮です) にも、「今日はパパのお迎えで2時半だから、一緒に帰れないんだあ」と伝えており大したものだ。社会に出ると、丁寧な付き合い方が人間関係の基盤になる。今から報連相を重んじるのはこよなき価値であり、小さい人は今日も社会性を一歩ずつ積み立てていて頼もしい。
社会との外交を済ませて帰宅。仕事に取り掛かる前に、古賀及子さん著書「私は私に私が日記をつけていることを秘密にしている」の抜き書きをする。私は、漫画はKindle派なのだがそれ以外は紙派で、大事だな、好きな表現だなと思ったところに線を引いたり付箋を貼ったりして読む。読み終えた後、付箋の箇所を再び読み直し、これはやっぱりいいと思った部分を抜き書き帳にそのまま書いて、感想をひとこと添える。作家や評論家、猟師として生きる近藤康太郎さんが、著書「三行で撃つ」の中で、「本は脳内のネットワークであり、それをさらに強化するのが抜き書き帳だ」と明言しており、抜き書きをすると自分が「分かり」、自分が「変わる」のだと言うから始めてみた。なにしろ、私は自分のことをちゃんと知りたかった。どんなことに軸を置き、それに対してどう生きる人間なんだろうと、見てみて、そうかそうかと認めたかった。時折パラパラ見返してみると、より良く在ろうとする自分の焦りや希望、成し遂げたいことが堂々と立ち現れ、いつもハッと初心に帰れる。大事なものが少しずつ増えていくことにもときめきがあって、コレクション癖のある私にどんぴしゃだった。さまざまな本と本の繋がりを見つけ、学びを広げ深めていくというようなネットワーク的意味合いではちょっとまだ果たせていない感があるものの、続けていればきっと見えてくるものがあるはずだ。さて、それで私は憂鬱の「鬱」という漢字を初めて書いた。ぱっと見、右下のシャッシャッシャッというさんづくり以外は何もわからない。がっちり対面して、みるみるぼやーっとしてきたから顔を上げてぱちぱち瞬きをして、もう一度見て、上部の木と木の間が「缶」らしいとギリギリで見えてくる。下の方に行くと、もうもはやぼんやりともわからなくて、何度見直してもぼやーっとして、むんっと凝らしてもぼやーっとして、しまいには人差し指と中指で拡大しようとした自分に気付いて、おいおいだいぶ切迫しておるな。結局、凝らしても凝らしてもインストール不可だったから、iPhoneで検索してぐいーんと拡大して書いた。「木」と「缶」と「木」。「ワ」(わかんむり)で覆って「必」を取り囲み、「ヒ」と右向きの人で支えたら、「彡」(さんづくり)で飾り彩る。あーはいはいなるほどね!そういう構造ね!みたいな、きらめく発見もつかみどころもない感じがまんま鬱そのものを表していて、鬱の深刻さが直行でのしかかってきて重い。
重たさに打ちひしがりながらぱっと鏡を見ると、こっちは分厚い頬にのしかかられてじわじわ顔のブルドッグ化が進んでいる。どうしたことか。ここのところほうれい線というか、ほうれい段差がすごくて、重力が何かの間違いで4倍くらいになっているのでは?と思うほどなのに、鍛えてはダメ、ただただ緩めろという指令が出ており、頑張り方が頑張らない方面に舵を切れということだからもうどうしていいやらわからない。
早すぎるホワイトデーが昨日の夜やって来たから、夕方小さい人といよいよ開封。相方の大きい人絶賛のオープンイヤーイヤホン。使わせてもらって、「わー!いいなー!」とはしゃいだら、じゃあホワイトデーにと贈ってくれた。早速、小さい人と奏の世界へ。YOASOBIの「もう少しだけ」が気に入ったらしい。イヤホンは普通に耳に入れるタイプのものを使っていたのだけれど、小さい人の耳には入らず「イヤホン半分こ」はまだまだ先かなあと思っていたら、これはイヤーカフと同じで挟むだけだから軽々叶った。
夜、昨日から読み始めた「脳と身体を最適化せよ!」の続きを読む。「激しいトレーニングも、その後の座りっぱなしで帳消しになる」との記述があってちょいちょい!と突っ込んでいると、「早死にの可能性を高める」と、それどころじゃない厳しい現実が突進してきてよろけた。長時間の座位行動は、細胞のバッテリーとも言われるミトコンドリアの密度を低下させることになり、ひいてはエネルギー産生が減少し、消耗が早まる。つまり、早死にノンストップ便。途中下車なし。ひいぃぃぃぃ。ならば潔く立って本を読む。頭を肩に乗せるようにすんと立ち、目線の高さで本を持つ。まあつらい。しかし若々しく、長生きするためにやるしかない。なにしろ私には早死に出来ない理由がある。今まさに、「死ぬこと」に現実的で、敏感に反応する小さい人が、毎日のように「3人で長生きしようね」と明るく熱心に言う。大きい人々はなるべく生きる時間を延ばさねばならぬのだ。だから私は立つ。立って生き延びる。ブルドッグ顔でもいい、ミトコンドリアよ増えろ。
相方の大きい人と健康について語り合い、歯を離して深呼吸して、やっぱり切実に緩めて寝た。
2/16 (月) 立って生き延びる。

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