5時45分に目が覚め、まだ夢をさまよう隣の小さい人を愛でたらむにゃむにゃ目を覚まして、「あっ髪切りに行く日だ!」と、急に威勢よく稼働する。「やったね〜やっと綺麗にできるぞ〜」とぬくぬくしていたら5時55分のアラームが鳴って、「起きよ!」とたくましい。それでもスイッチの切り替わらない私を見てなぜか、「ちょっと髪とかしまーす」と自分の髪をとかし出し、気が済むと「まいたけちゃんの上に乗りたいなー」と、仰向けの私の上半身にうつ伏せでおさまり親子パンダな朝。ようやく寝室のドアを開けるとリビングの電気がついていて、「むっく起きてるね」とにまにま顔を見合わせ、微かに光が漏れる書斎をコンコンして開ける。するとそこには、スタンディングで、世界を救う側の顔つきをして仕事に燃える大きい人がいて、思わず笑う。「今日も今日とて立っております」と、見ればわかる説明をして、しかし肝心なのは気合いの話よなと、「すごい、さすがすぎる。でも気負っちゃいけんよ。頑張ってね」とドアを丁寧に閉める。大きい人は高さをボタン1つで変えられるデスクを使っていて、その高さと気合いの数値は比例している。今日はまだのようだけれど、もう少し乗ってくると香を焚き出して最終形態へと進化する。
朝のサプリを飲んでいると、小さい人が「あのさ、てぃのちゃんさ、お菓子待つ時じーっと待ってるじゃん?遊びながら待てる子になりたいんだけど、何するのが1番飽きないかな?」と意見を求めてくるので、「飽きないのは絵本読むことじゃないかなあ」と返すと、「絵本読んだりとかプッシュポップしたりとかね」と選択の余地を残してきておぬしらしいな。最近、大きい人が帰ってくるのを「まだ帰ってこないなあ」と家中バタバタして時間を持て余していたり、おやつの時間がくるのを時計に張り付いて「まだ長い針5だーー」とぶうぶうしていたから、「待つ時間に何かしてたら?じーっと待ってても時間もったいないし、やきもきしたりもするじゃん?」と話したから、それで改善しようとしたんだと思う。
朝活で、3人揃ってプランク。もともと相方の大きい人と小さい人が習慣にしていたのだけれど、2人の人間強度がめきめき上がってていいないいなーということで交ぜてもらうことになった。1分半トライするのだが、1分足らずで私なんかはもうお腹がぷるぷるで、普通におしゃべりしながらやれる2人はもはや進化後の生命体にしか見えない。時間があるから久しぶりにヨガもやって、そしたら2人も一緒に真似して3人で伸びた。
遠くから、「今日はまいたけちゃんと離れる時泣かないように頑張る。だって癖ついちゃったらやだもん」と、小さい人の大きな決意が聞こえる。いつも私と一緒のタイミングで美容院に行くのだけれど、私が施されている間、小さい人は相方の大きい人と出かけ、こちらが終わりそうなタイミングで来てもらうというスタイルにしているから、1時間半くらいは離れて過ごすことになる。それで毎回寂しくなってぽろぽろと泣いてしまうのだが、泣く癖がついてしまっては困るから今日は泣くまいぞと表明したのだ。平日、社会に送り出す時に寂しがって泣くことはまずない。「一緒に居られる日」という、休日の特別条件がゆえの寂しさだと思う。たった1時間半とて離れたくないなんて、なんだかほやほやのカップルみたいで少し照れてしまうけれど、重ための愛は嫌いじゃないからむしろ嬉しい。それにしても、「泣くことも癖の一種だ」みたいな認識があることに、小さい人の小さくない理性を感じて感心する。
歩いて美容室へ。今日は美容師のお姉さんにオオタチのぬいぐるみを見せるんだと、自分に激似の相棒を連れて勇んで行く。途中、陸橋に落書きがされていて、「なにこのガクラキ!」と風紀委員が起動。ラクガキね。結局、寂しそうな表情はしていたものの、涙は見せずにバイバイできた。
私の髪が終わりそうな頃、大きい人とのおデートを終え美容室に現れた小さい人の手に、オオタチがいない。「どこやったんよ〜〜」と聞くと、「知らなーい」としれっとするから、その反応おいおいと思いつつ、「ちゃんとお世話しないとー」と軽く諌めて、「いい色〜!ありがとうございます」と美容師さんと朗らかに話す。その間、大きい人が、なくすことは仕方ないがそれを知らないっていう言い方をするのは違うぞということを、てぃのちゃんの大事な物を借りて、むっくがなくして「え?知らない」って言ったらどう思うか?と、具体例を挙げた道徳の授業をしてくれたようで、表情も背中もしゅんとする。なんせ、あのオオタチはてぃのちゃんに買ったのだが大事に思っていたのは私の方だ。にんっと微笑むオオタチの顔がてぃのちゃんそっくりで、他のぬいぐるみとは意味の重みが違う。それを小さい人も心得ていた。だから知らないなどと言ってほしくなかったのだ。小さい人は、物にちっとも執着がない分すんなり受容できる力に長けており、そこに救われている部分が8割を占めてはいるが、ゆえに大事にしようという気持ちがあまりないからあとの2割は今後の大きい人々の腕の見せどころである。ようやく自分のしたことの理解が追いつき、消え入りそうな声で「ごめんねぇ」と言うから「うんいいよ」と返してひとまず髪を切ってもらった。「見つかるといいですね…!」と美容師さんに送り出され、ゲーセン、ユニクロ、紀伊國屋と、怪しい順に聞いてみるもどこにもないから、小さい人が泣きながら「ごめんね」を繰り返す。「もう外に持って行かないようにするぅー」と改善案を口にしたから、それも大事だが今回の話は持ち出すかどうかじゃなく気持ちの扱い方の話なのだと訴えると余計に泣いて、結局またポケモンセンターに行き、顔を見比べて、今度は自分に買った。髪が終わったらすぐスーパーに行って買い出しをして「丁寧に鍋」の予定が、もうそんな整った生き方はしてられん!みたいな気持ちになったから、好きな寿司屋で寿司を喰らって帰る。寿司でようやく帳尻が合った。
夜寝る前、小さい人の提案で食べ物当てクイズをする。出題者は相方の大きい人だ。「黄色くって、長くって、黒いところがあったりして…」「バナナ!」「正解!」と、小さい人が絶好調。「表面は固くって、中は柔らかくて、場合によっては中も固くなるものなーんだ?」「餅!」「ブー」「パン!」「ブー」「豆腐!」「ブー」「こめ!」「ブー」と、私絶不調。「今日も食べました」というヒントをもらい、「イカ!」と言うと「イカ食べてないよ」と小さいツッコミが鋭い。「正解は、たまごでしたー!」と聞いて、なぜか「真っ白い物」だと思い込んでいた自分に気付いてそりゃ当たらんわ。小さい人が「じゃあ今度はお菓子にしようよ」とわくわく提案してくるから、「お菓子めちゃ種類あるから当てるの難しいかもね」と言いつつ始める。「サクサクしてて、口の中に入れると乾いて、後からだんだん甘くなってくるものなーんだ?」「…マリー!のビスケット!」「あー!マリー!いい!惜しい!」と大きい人々が思いのほか活気付く。小さい人が私に耳打ちで「ねぇ、りんごあめかな?」とこしょこしょしてくるので、「言ってみたら?」と勧めると、「えーやだよーー」と、王者獅子座は間違えたくなさが前に出る。「ポンポン言ってくのが面白いから」と助言を受けると「りんごあめ!」と答え、でもこれも違うらしい。「あっ源氏パイ!」「おー!源氏パイまできたらわかるんじゃない?」「…あ、パイの実!!」「正解!」「確かに!乾く!中のチョコが後からくる!!」と、まさか大盛り上がりした。特徴をどう伝えるかっていうのを考えるのが楽しいぞ、そもそもお菓子のことを考えるのも楽しいぞとほくほくすると、「問題出してみて」と大きい人が言うので、「じゃあ〜、軽くって〜、味のバリエーションがあって〜」「ポップコーン!」と即答で、え、早。どうやらお菓子界で「軽い」は限られるらしい。初っ端にポップコーンの代名詞である「軽い」のカードを切ってしまったから、そういうとっておきのやつは泳がせて泳がせて最後に切らないとだねと感心して学んだ。
夜はChatGPTに、ここ最近また気になり出したほうれい線について、「ほうれい線やたるみに効く顔トレを数ヶ月やっているのだけれど、ここ最近ほうれい線というか、段差が目立ってきて気になるのだが」と相談する。細かくやり取りをして結論、「まいたけさんは頰厚タイプなので、頬上げ、べろ回し、中止しましょう」と下されて目が飛び出す。このタイプは筋肉が厚く、皮下脂肪も十分で、表情の可動域も広いから鍛えれば鍛えるほど膨張し、顔下半分との境目がくっきりになるらしい。「ちょっと厳しいことを言うと、努力量=膨張量になる人です。鍛えるよりも、緩めましょう」と、いつもは寄り添いを徹底するGPTが涼しい顔でぶった切ってくる。ちょっと顔トレやりすぎですねくらいのものかと思っていたら、まさかやらない方が若返る顔ですということでもう顎が外れるぞ。根本的なところで言うと、私は歯の食いしばりがフル稼働しているらしく、ぐっと噛んでいる時も、ただ歯が触れているだけの時も下半分が常に緊張して張っている状態。呼吸で緩め、整えていくのが改善策とのこと。噛んでいるな、確かに。特に、朝起きると奥歯が疲れているような感覚はあって、寝ている間も噛んでいるとすると本当に24時間休まず営業だ。これはまずい。食いしばりが治るというものではないが、軽減させるという意味でマウスピースも有効だと言うから早速つくろう。大きい人に、「最近、まいたけちゃん顔おっきくなったなあとか思わなかった?」と聞くと、「いやいやいや」と危機管理能力がびんっと発動して食い気味の全否定が入る。
布団に入り、歯を離して、舌は上顎にそっと触れさせ口を閉じ、噛まないぞーと念じて目を閉じる。GPTの、「やらない勇気です」を思い出し、緩める人になると誓いを立てて寝た。
2/11 (水祝) 今回の話は持ち出すかどうかじゃなく気持ちの扱い方の話なのだ。

