ひねくれた性格を治したい。
素直に慣れない自分が嫌い…
そんな、変わりたいのに変われないという葛藤を抱える人へ、根深い原因と、それを治すための方法をまとめました。自分の経験も含め、生い立ちが深く関係しているのでは…という考察のもと記事にしています。
ちょっと、いや、だいぶ重たい内容になっているので、消化不良になりそう…という人は、さらさら〜っと読んでみてください…!
そもそも、ひねくれた性格とは?
ひねくれた性格とは、物の見方、捉え方が歪んでいるということ。まっすぐ受け取れない、裏を読んでしまう。
要するに、「悪く捉えてしまう」ということだと思います。
がゆえに、否定したり、傷付けるような言動が多くなったり、周りから見たら、なぜそう取る?と言いたくなるかもしれませんが、もはやそういう思考回路になってしまっているんですね。

ちなみに「歪む」を辞典で調べてみると、「心や行いが正しくなくなる」とあるのですが、つまりは異常状態なわけで、「矯正が必要な性格」ということになります。
ひねくれた性格になった原因
ひねくれた性格になった大きな原因は、「大切にされていると実感できず、満たされてこなかった心」ではないでしょうか。
それは、育った環境、生い立ちが大きく関係していると思います。
根本的に、承認欲求が備わっているのが人間。理解されたい、受け入れてもらいたい。子どもの頃は如実で、「愛されたい」という気持ちが強くあるものですよね。親には特に、「自分という存在を大切にしてもらいたい」と願うのは普通のことで、もっと言えば「大切にしてもらえるものだ」と疑わないのが当たり前。
でも、大切にされていると実感できない家庭環境があって、心が満たされない。それが根深い問題になっているのだと思います。
認めてもらいたい時、否定されてきた。
優しい言葉をかけてもらいたい時、責められてきた。
心配してもらいたい時、どこまでも無関心だった。
そんなふうに傷付いてきた事実は、「期待しても裏切られるものだ」という教訓になり、人を信じられず、心はいつも独り。だから、「周りは敵なんだ」という、攻撃が大前提の生き方になってしまい、相手を傷付けるような言動をしてしまうのだと思います。
そうした「周りは敵意識」は、「つらい環境でも必死に耐えて生きてきた」「自分は偉いんだ」「自分は正しく、周りは間違っている」という、どこか歪んだ心を身に付けてしまったのではないでしょうか。
ひねくれた性格の人の特徴
「傷付かないために」が人生のベース
とにかく、もう傷付きたくないという気持ちが根っこにあって、自己防衛が強く働きます。
傷付かないために、先に攻撃する。これは、傷付く危険を避けようと、無意識に取ってしまう行動だと思います。攻撃力が高いので一見強そうに見えますが、奥底には寂しさや孤独が潜んでいるはずです。
人に頼らない
不信感もあるし、そもそも自分以外は敵なので、人に頼りません。というか頼れません。支え合って生きるという経験がなく、自分で何とかするのが当たり前だったからこそ、頼るなんてプライドが許さない!という気持ちもあったり。
がゆえに、人に相談しないとか、助け船にも「大丈夫です!自分で何とかします!」と、断固乗らない!と強がってしまう。
関わりにくいなあと思われるような頑固さがあるはずです。
我慢強く、死ぬこと以外かすり傷の精神がある
否定されるのに傷付きながら、それでも生きていかなければならなかった環境は、「負けない」「強く生きるんだ」という闘争心を育てたはず。だからこそ、痛みや苦しさに強く、結果的に我慢強い人になったのではないでしょうか。
ストレス耐性が異常に高いので、良くも悪くも、大抵のことはかすり傷!多少の無理は大丈夫!という精神があって、本当は助けてほしくても、泣かない、弱音を吐かないというのが特徴です。
厚意を当たり前と思ってしまう
大変な中でも弱音を吐かず頑張って生きてきた、という気持ちがとにかく強いので、自分は偉いんだ!と思っている。自己中心的になりやすく、だから厚意も当たり前、周りの人の有り難さにも気付けない。
ありがとうはもちろん、感謝の言葉をあまり口にできないというのも大きな特徴です。
相手の気持ちに寄り添えない
傷付いている人を見て、大丈夫?大変だったよねという「共感」の気持ちが湧きづらい。相手の立場になって考えられない。人の弱さが見えると、まず否定から入ってしまったり、もっと頑張ろうよ!という気持ちが湧いてしまう。
それは、自分だって傷付いてきたという苛立ちがベースにあることはもちろん、自分の気持ちに寄り添ってもらった経験がなかったからだと思います。
自分は悪くないと思いがち
家庭環境に問題があることで、「自分の人生がうまくいかないのは親のせいだ」と、1ミリも疑わずに生きてきている。そういう、周りのせいにしてしまう思考が出来上がっていると、「自分は悪くない」という気持ちがどこかにあるので、素直に非を認められません。
だから、ごめんね、すみませんが言えなかったりする。自分を正当化する癖がついてしまっているのではないでしょうか。
人の幸せに強く嫉妬してしまう
幸せじゃなかった過去は、その分「幸せになりたい願望」を強くし、人一倍幸せに敏感。要は、満たされている人にものすごく嫉妬してしまうんです。
なので、友人の嬉しい報告も、手放しで喜べない。喜びより先に嫉妬心が湧いてしまいます。
問題なのは、自分以外「敵」という解釈
自分以外はみんな敵なんだという解釈が、歪んだ性格をつくる1番の原因だと思います。
1人で戦わなければいけない、弱みを見せたら負ける。勝ち負けを前提とした生き方ゆえの攻撃姿勢が、心を歪めてしまっています。
そうせざるを得ない過去だったのだから仕方ない。もう変えられない。
それも1つの答えですが、戦うモードでいるうちは攻撃することをやめられず、やったことは返ってくるのでまた傷付き、深みにはまっていく。

素直で優しい人間になりたいと思っても、ベースを変えなければどんどん嫌な人間になっていく一方です…
出来上がった解釈を変えるのは並大抵のことではありませんが、でも気付けているということは、あとはやるかやらないか。
何を意識すれば良いのか、という視点で、治すための方法をまとめました。
ひねくれた性格を治すための方法
生きる姿勢を「協力モード」にする
協力モードというのは、「みんな仲間」という意識に変えるということです。
みんな敵だと身構えるから、攻撃的になってしまう。であれば、共に生きる仲間だと捉え、そもそものあり方を協力モードにしてしまう。
仕事でも何でも、同じ方向を向いて頑張っている時、一体感をちゃんと感じている時、たぶんブラックな自分て出てこないと思うんです。
それは、相手の存在を受け入れているからで、その感覚って、助け合いが大前提の世界でとても大切なことだと思います。
「協力」
「仲間」
「受け入れる」
こういうキーワードは、もしかしたら敬遠したくなるかもしれません。ですが、結局相手のことも考える生き方でなければ、ひねくれ街道を抜けられないのだと思います。
持ちつ持たれつで成り立つ世界は、やっぱり思いやりが大切。
自分の生きる姿勢を変え、自分の心を変えていくことが賢明な生き方だと思います。
「頑張っている同志」ということを忘れない
そもそも、生きることって苦しい。いろんな関わりがある中で、認められたいとか理解されたいという欲求や価値観も絡んでいて、心はいつも忙しない。とても苦しいと思います。
でも、それでも生きているということは、苦しいながらも、自分を奮い立たせながら頑張っている証拠。みんなそうなんです。
なので、自分の方が苦しいはずだと、苦しさ比べをすることに意味はなくて、みんな苦しいんだから、優しくしよう、支え合おう。本当はそれで良いんだと思います。
幸せそうに見える人も、実は人に言えない孤独を抱えているかもしれない。楽々と生きていそうな人にも、心が折れそうな挫折がたくさんあったかもしれなくて、それでも折り合いをつけながら頑張っている。
苦しいのはみんな同じ。そう考えることで、優しさを育てられるんじゃないかなと思います。
「周りのせい」から「周りのおかげ」に変える
大きな視点でよくよく考えてみると、人は1人で生きてきたわけではないし、今を生きられているわけではない。これは事実です。
親があっての自分。関わる全ての人がいてくれて、自分がいる。周りのおかげで生きられているんですよね。
周りのせいにして生きるのは、責任を負わなくて良いので楽な生き方かもしれません。
ですが、そうやって横柄に生きてしまえば、当然理解されることもなく、どんどん独りを感じる生き方になり、余計に苦しいのではないでしょうか。
感謝の心を持って接する。これもまた必要不可欠です。
何を意識して生きるかで、人生はガラッと変わる

人生って本当に解釈次第だなあと思います。良く解釈すれば前向きなパワーになるし、悪く解釈すれば不安とか憎しみとか、真っ黒な感情まみれ。
目の前の高い山を見て、「登るのが大変な山だ」と解釈するのか、「登りがいがありそうな山だ」と解釈するのかで、セットされる心は180度違いますよね。
当然、良い解釈が癖になっている人の方が生きやすいわけですが、それは結局、自分のことも周りのことも元気にできる存在だからだと思います。
先に述べた方法は、「良い解釈をするための土台づくり」と思ってもらえたら良いかなと。
悪い解釈をしてしまうなら、良い解釈をすればいい。
シンプルに言えばそうなのですが、素直じゃない人に、今日から素直になりましょうと言ってもなれませんよね…?それができないから悩んでいるわけで、もっと根本から、心を丸洗いできるような方法をと思い、まとめました。

何より、私自身がそれを求めていたし、まずは正しい方向を向くこと。そのために何を考え、何を意識するのか。話はそれからなのかなあと思っています。
オブラートに包まずにつらつらと書いてきてしまいましが、ひねくれた性格の持ち主も、思いやりの心はあります。人に優しさを与えることにただただ慣れていないだけなんです。
思いやりに触れず不安な気持ちで生きてきたから、相手を想うことより、自分を守ることで精一杯だった。今もその延長線上にいるだけのことです。
だから、意識で心のあり方を変えて、その道を抜け出しましょう…!奥底で眠っている優しい心を引っ張り出しましょう…!
自分は冷酷な人間なんだ、もう終わってるんだ…と落ち込んだりする必要はありません。否定的な解釈をする癖があるということを自覚して、今ここから変わるための努力ができれば良いと思います。
自分の意識を変えれば、人生は本当にガラッと変わる。何より私が実感していることです。
この記事が、誰かの人生を変えるきっかけになれることを祈っています…!